レッツ・ダンス

スケート場のレストランでジャージを着た少年と少女がジュースを飲みながら話をしている。二人とも幼い顔をしているが、座っていてもかなり長身なのが分かり、脚もすらりと長い。
「あのオリンピックを生で観たなんて、羨ましいわ」
「本田さんはエキジビジョンの間、各選手の個性、武器、演技のポイントを俺に教えてくれた」
「エキジビジョンの最後はトゥクタミー選手だったよね」

「ああ。凄かったよ。少女が女王になって、スケーティングに気品があった」
「そうなんだよね。私、彼女の大ファンなんだ。生で観たかったな」
「エキジビジョンが終わって、本田さんが俺を大使館に連れて行ってくれた。大使館にはどれぐらいいたのか憶えていない。俺はずっとエキジビジョンを思い出していた。ママは見つからず、俺は日本に送り返され、施設に入った」
「その後、おかあさんとは会えたの？」
少年は首を横に降る。
「失礼だとは思うけれど、ひどい母親ね」
「確かに失礼だ」
少年は優しげな笑みを浮かべながら答えた。
「俺はママが大好きだ。ママも俺のことが大好きだ。それだけでいい」
「白雪君って、マザコン？」
「優でいいよ」
「じゃあ、私のことはアヤメって呼んでね。そういえば、中学生男子がママっていうのは恰好悪いよ」
「別に恰好悪くてもいいよ。ママはママだ。ママのことを他の呼び方で呼ぶつもりはない。もう一度会って、ママって呼ぶまでは…」
「優は、もしかしてママと会うためにフィギュアしてる？」
「それは違うな。やりたいからやってる。それだけだ」
優がアヤメに微笑んだ。
「分かった。信じるわ。施設はどうだったの？辛かった？」
「俺、今も施設だよ。押し付けがましい人もいるけど、皆優しくていい人たちだ。辛いことはないな。最初は、色々質問されたり、絵を描かされたりしたよ。心理テストだったんだろうな。俺のへったぴぃな絵を見て困ってたよ」

「んー、これは何を描いたのかな？」
「フィギュア・スケート」
「…これは靴？」
「そう、深くエッジをきかせてるところ。高橋選手だ」
「フィギュア・スケートが好きなんだね。一番好きかな？」
「一番はママだよ」
「そうか」
雷が鳴る。優は立ち上がって、窓の外を睨みつける。
「雷か…びっくりしたね」
優は窓の外を睨みつづけながら、涙を流している。
「怖かったか」
優は首を横に振る。
「ママは雷が大嫌いだった。雷が鳴ると、ママはいつも僕にしがみついていた。僕がいなくて、ママはどうしてるんだろう…」

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