レッツ・ダンス

「施設に入ってすぐに小学生になって、一輪車が並んでいるのを見たときは嬉しくってピョンピョン跳ねちゃったよ」
「はいはい、バランスの訓練ね」
「そう、その通り。小学校で時間があれば、一輪車やってた。後は、飛び降りたり、その場で跳び上がって回転したりとか、短距離ダッシュを何度も繰り返したりとか、そんなことばっかりやってたよ。全然勉強しなかったからひどい成績だったな。二年生まではそれでもよかったんだけど、三年になっても変わらないから、心配した小松ちゃんがアキラ兄（にい）を呼んだんだ」
「家庭教師？」
「施設の先輩で、天才」

施設の庭で優がジャンプして回転している。離れたところで小松と一緒に優を見ていた20前後の青年が、ゆっくりと優に近づいていく。小松は笑顔を浮かべて建物に入っていく。
「よう、何してんだ？」
「フィギュアスケートのジャンプの練習」
「なるほど。その練習は自分で考えたのか？」
「当たり前だろ。コーチなんていないんだから。誰？」
「前、ここにいたんだ。お前の先輩だよ。アキラ兄って呼びな。お前のこと、優って呼んでいいか？」
「好きにしなよ。それで、何か用？」
「全然勉強しないんだってな。優に勉強を教えるように小松ちゃんに頼まれた」
「勉強なんてしないよ」
「優はフィギュアスケートうまくなりたくないのか？」
「勉強しても、フィギュアスケートはうまくならないよ」
優はアキラを睨みつける。
「優はいつから本当のフィギュアスケートを始められると思う？」
俯いてしまう優。
「小さい時からフィギュアスケートをしている連中とお前は闘うことになるんだぞ。分かっているのか！」
優は俯いたまま両の拳を強く強く握り締める。
「勝ちたかったら、クレバーなフィギュアスケーターになれ」
優は顔をあげてアキラの強い視線を正面から受け止める。微笑むアキラ。
「クレバー、頭がいいってことだ。今もお前のライバルたちはアイスリンクで練習している。だが、焦らなくていい。クレバーで鍛えられた体があれば、ライバルたちに追いつき追い越すことができる。中学生になったら学校の時間以外は好きなだけ滑れるように俺がしてやる。それまでの間、俺の言う通りやってみないか？」
優はアキラの目を見て頷く。
「今やっている練習はそのまま続けていい。でも、いいか、いつも、この練習でいいのか、もっといい練習はないのか考えろ。それから学校では色々なスポーツをしろ。特に直接相手と闘えるスポーツがいいな。野球とかサッカーとか。一人でやるスポーツは自分の限界が分かりにくい。闘うスポーツでそれを感じ取れ。力を絞り出すことを覚えるんだ。友達もたくさん作れ。友達との付き合いはお前の演技をより深くしてくれるはずだ。ここまではいいか？」
頷く優。

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