レッツ・ダンス

本田が一人リンクに立っていた。優がジャンプを決めた辺りをじっと見ている。本田は滑り出し、その場所で跳んだ。キレイに四回転ルッツを決め、コンビネーションにしようとジャンプするが、一回転もできずに着地し、そのまま勢いで滑っている。
「無理だ」
再び集中力を高め、今度は慎重に跳び上がり、右脚を前に振り上げてから後ろに降り戻す。本田はうつ伏せに着氷してしまう。
「無理だ。やっぱ、あいつ凄い。世界と闘えるじゃないか。惜しいな…なんとかならないかな」

リンクで女性コーチの指導に従い、6人の男女が練習をしている。アヤメもパートナーの丸山とシンクロナイズド・ツイズルの練習をしているが、なかなか揃わない。
「速すぎる。ちゃんと合わせろよ」
丸山がアヤメに苛立ちを投げつける。観客席に目を向けると、苦笑しながら観客席に座った長身の男子と目が合った。
「おい！そこのひょろ長いの！関係者以外、立ち入り禁止だ！」
全員の視線が観客席の優に集まった。優はピースサインをする。
「ふざけやがって！」
丸山は優の方に滑っていく。
「さっさと出てけ！」
丸山の横にアヤメと女性コーチがやってくる。
「丸山君。この子はいいのよ。本田君に頼まれたから」
「あの本田さんですか」
女性コーチはにっこりと微笑んで頷く。
「あなたが優君ね。コーチをしてる川口悠です。同じ『ゆう』だね。よろしく」
優は脱兎のごとく観客席を駆け下りて、フェンス越しに川口の前に立つ。
「すごい！本物の川口さんだ」
「私のこと、知ってるの？」
「当たり前ですよ。ペアスケーターの中で、世界一女性らしいスケーティングをするので、観てるととってもハッピーでした」
川口の笑顔が輝く。練習していた皆が集まってきた。
「握手していただけますか？」
「もちろん」
川口の差し出した右手を優の大きな両手が優しく包み込む。冷たい目を向けるアヤメ。
「ありがとうございました！」
優は川口の手を離し、深々と頭を下げた。
「こいつも川口一門に入るってことですか？」
「違うわ。優君が入りたいって言ってくれたら、歓迎するけど、優君のお目当てはアヤメちゃん。ね」
皆の視線がアヤメに向けられた。
「知りません」
アヤメはプイと横を向いた。
「そんなこと言わないで、俺のパートナーになってくれよ」
小さく拍手する川口。丸山が優の胸ぐらをつかむ。
「お前、何言ってんだ。あいつは俺のパートナーだ」

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